CB400F・個人的な記録

CB400Fに乗って19年が過ぎた。とにかくノーマルのヨンフォアを好む。外観に影響を及ぼさないアップデートを好む。

CB400F・継続車検(1)ヘッドライトにリレーハーネス組み込み

前回「ふと重大なある事実に気づいた。・・完全にあのことを忘れていたのである」などと書いてから一ヶ月余りが過ぎてしまった。

そう「重大なある事実」とはシンプルに「車検切れ」だった(!)ということだ。

一ヶ月程前に車検が切れていたことに、オイル交換のあと何気なくナンバープレートを見て気づき驚いた。恐ろしいことに完全に記憶から消えていた!!
 
慌ててネットの予約システムを利用して日程を決める。この時期は混雑していて、10日以上先になってしまったが仕方がない。せっかくオイル交換をしたのに乗れないなんて……。

前回の車検時、ヘッドライトの暗さに苦労したことは詳しく書いた。前回に限らずこの問題で毎回苦労してきたのだが、2年前は遂に落ちるかと思うくらいギリギリだった。次回までに必ずリレーハーネスを組み込もうと決意して、車検後すぐに部品だけは注文してあったのだ。



買っておいたのはこれ、デイトナの「ヘッドライトリレーキット H4」。買うだけ買って手つかずになっていたこいつを、今こそ組み込まねばならない!
しかし仕事の忙しさはかわらず、結局車検当日まで(!)何もできなかった。少々焦りつつ、朝から急いで作業開始。



ハーネスキットの中身はこんな感じ。C字型のギボシをバッテリーに直接取り付け、ヘッドライトまでリレースイッチ(写真中央付近の2つ)を含む配線を這わせる。ライトハウジング内で従来のランプが刺さっているH4のコネクタにハーネスキットの3極のオスプラグを差し込み、キットのメスプラグをH4ランプに差し込む。
こうすることでバッテリーからヘッドライトに直接配線され、ハンドルにあるスイッチは単なるトリガーとして機能するようになる(そして電圧低下が改善される)という仕組みだ。



と、言葉にすると簡単だが、素人が実際にやってみると色々とつまずく点が出てくる。一番困ったのはヘッドライトハウジング内への配線だ。ハウジングの入り口として開けられた丸い穴はハーネス類がぎっしり詰まっていて、H4コネクタを通す隙間がほとんどない。また、コネクタをこの中まで引っ張ってこれたとして、線やギボシが写真のとおりぎっちり詰まった状態のハウジングに新たなコネクタを2つも収納することができるのか。



考えあぐねて、コネクターからギボシをはずして狭いハウジングの入り口を通し、そのあとコネクターを再装着する方法を思いついた。プラ製のコネクタを壊さないように注意しながら、ドライバーを差し込んで2つ分をバラす。そしてハウジングにある穴の隙間に苦労してこいつらを差し込み、何とか再びコネクタを装着することができた。

……残念ながらこのあたりから本格的に時間がなくなってきて、詳しい写真を撮れなかった。



例によってヘッドライトユニットは車検用に取ってあるBRC製のもの(純正別機種の流用らしい。光の収束性能?がオリジナルよりも良好)に交換して、ぎゅうぎゅうに配線が詰まったヘッドライトハウジングに半ば力技で装着。さあ、効果はいかほどだろうか?!

車検終了まであと2時間弱……移動時間や書類手続きを入れると実質30分くらいしかラインに入れないはず。時間はどんどん過ぎていく……(つづく)

 

 






CB400F・オイル交換と軽整備



春が来ても時間がとれない日々が続いていたが、GW明けのある日、やっとバイクに向かう隙ができたので、オイル交換と軽整備をしてみた。

まずはバッテリーをチェック。たまにトリクル充電していたので油温計の電圧表示に問題はない。しかしこういうタイミングだとバッテリー液が減っているはず。



写真だとわかりにくいが、予想どおり棒グラフ状態。少ないところは「FB」の下端くらいの量になっていた。これを交換したのは2022年か。あまり乗れない状態が慢性化しているからか、或いは歳を取って時間が進みを速く感じている?からか、つい最近交換したように思えて悲しい。



いつものようにこいつで補充用の純水を補給してやった。バッテリー、来年あたりには交換した方がよさそうだな。走行3000kmくらいで引退ってことになるが…まあ仕方ない。

次はエアクリーナー。これもしばらく交換していなかったので新品を投入しておくことにしよう。新旧共に純正部品である。



記録(シートの裏に貼ってある)によると前の交換は32000km時だったらしい。現在の走行距離は36500kmだから、交換タイミングとしては良さそうだ。
しかし2020年以来6年も装着しっぱなしだったのはどうなんだろう。走行距離に比例して目詰まりしていくとすれば、まあ悪くはないのかもしれないが。

 



タイヤの空気圧はこんなことになっていた。コンプレッサーを持っていないため、自転車用の足踏みポンプでちまちまと昇圧。

で、肝心のオイル交換。各種オイルの値上がりが激しく、モノによっては入手難になっている。一応数回分は買い溜めしてあるので取りあえずは大丈夫。ストックの中から、今回はこれ↓でいくことにした。



モチュールだとヨンフォアには鉱物油である3000Plusがいいという話もあるけれど、以前5100を勧める意見に賛同し(そして比較すると安かったから)、こちらにしておいた。夏場を控えているので15w-50でいいだろう。

数年前、たしか1800円/Lくらいで入手した記憶があるが、いまは2500円/Lくらいになっている。今後値下がりすることはなさそうだし、エンジンオイルは常に買い増しを考えておいた方がよさそうだ。

モチュール特有の香水の匂いを嗅ぎながらオイル交換したあと、ふと重大な(?)ある事実に気づいた。時間が過ぎるのが早すぎて、完全にあのことを忘れていたのである……(つづく?)

CB400F・リアショック交換



時間が過ぎるのは早くなる一方だが、やりたいことをやれる時間は減る一方である。

秋になって、昨年のエンジンOH時からの懸念であった、抜けていたリアショックの交換がやっとできた。

前回の交換は2009年で、界隈で「校長先生のリアショック」と呼ばれていた製品を使った。選定理由はシンプルで、入手可能な製品の中で一番純正品に似ていたから、である。

それまではBRCが扱っているものが装着されていた。
「BRCのリアサス」は当時も今も最も入手しやすいヨンフォア用のリアサスであり、製品としては特に問題はないのだろう。ただ、外観が決定的に純正と違っている部分があり、自分はそれが気に食わない。「クラッチワイヤーのゴムブーツの色」と似た話で、サイドビューに意図していない小さな違和感が生じるのが嫌なのだ。

納得がいかないものは仕方がない。専門店のネットショップを中心にヨンフォア用のリアサスを探してみたところ、16年前と同じ(と思われる)製品は見当たらなかった。
さらに範囲を広げて検索し、純正と同じつくりで寸法的にも問題が無さそうなものを発見。何のレビューも見当たらないし、おまけに価格も安めなのが不安を煽るのだが、他に選択肢もないのでまずは購入して試してみることにした。



ささっと装着して、小学生の娘とタンデムで上越のいつもの浜まで試走。特に違和感は感じず、このまま使ってもとりあえず問題はなさそうだ。

この違い……ぱっと見だとわからないし、長く生産されているBRC製の方が安心じゃないか、という考え方もあるだろう。あるいは逆に、どうせやるなら純正中古の外観がいいものを入手して然るべき業者で再生してもらうのが本筋だ、という意見もあるかもしれない。突き詰めるならば、どれだけ予算がかかろうとNOSを探すべきだという気だってする。

色々と考えつつ、今回はこのパーツでいってみることにする。安価であるが、もう1セット買っておくかは迷うところだ。

ちなみに「校長先生のリアショック」とは共に純正サス似で同じような外見でありつつ、細部が微妙に違い、全長も違っていて別製品のように見える。ちなみに長さは今回の方が純正に近い。あとパッケージも異なっていた。
まあ16年もの歳月が過ぎているわけで、細部の違いはマイナーチェンジの結果である可能性も捨てきれないが。



いつもの場所でサイドビューを撮影。交換前と全く同じに見えるけど、それでいい。
今回のリアサスも10年以上持ち堪えてくれるだろうか?

CB400F・腰上OH後、初めて上越の海へ

またまた久しぶりになってしまった。そしてヨンフォアをメインに扱うblogのつもりで細々と続けているはずが、W1SAを手放す話とかニューハルピンが閉店する話とかが続き(どれも自分にとって大切なことだったので、書かずにはいられなかったのです)、ヨンフォアの話題が少なめになっていた。

長かった冬が終わり、あれこれと忙しい日々を抜けて、5月のある日に久しぶりにフォアに乗ることができた。行ったのはもちろん、上越のいつもの砂浜。



いつもの浜でいつもの構図で一枚。

例によって例の如く、長野市内から山道を走り、黒姫のICから高速に乗って妙高を越え、上越ICで下りる。PeKeさんの店で腰上のOHを受けて自走して帰ったのが昨年11月、ほぼ半年ぶりの100km越えの走行だ。

気温は20℃前半で、行きの油温は概ね80℃代をウロウロする感じだった。大阪から長野に帰る際に感じた「なんだか油温が上がりやすい??」という感覚は、どうも気のせいだったみたい。いつのも道をいつものように走ると、予想どおりの油温になっていて安心した……という感じだった。

同時に、去年に感じた低回転時の不安定さ(アイドリングしにくい)も、概ね気にならなくなっていた。大阪から帰ってから少しだけ調整してみたものの、何もいじっていないのに……自然に良くなるってどういうことだろう。まあ、調子が良いならそれでいいんだけど。



行きつけの砂浜に着いたら携帯コンロでさっと湯を沸かし、コーヒーを野点する。この時期の上越の海は内陸部よりも気温が低くて、天気は崩れがち。人も少なかった。





コーヒーを飲みつつ海をぼーっと眺めたり、ヨンフォアを眺めたり。
外見的には全然変わっていないが、エンジンはリフレッシュした。これでしばらく安心して走れるだろう。今年は何度この海に来れるだろうか。



帰りの油温は90℃台だった。気温は下がっているが、上越→長野は基本的に上り坂だ。エンジンへの負担は行きよりずっと大きい。熱量としては正常、いつもの通りだ。

サラっと過ぎた、リラックスした休日でした。
今年も忙しそうだが、どこかに遠出したいな…できるかな…。



ヨンフォアの課題としては、ヘタっているリアサスを交換しなければならない。しかし、現状だとルックス的に気に入るパーツが無いんだよね。…どうしたものか、悩ましいのである。

 

さよなら、ニューハルピン

久しぶりにupするのがこの記事なのはどうなの?って気もするし、「さよなら」な話が続くのはどうなんだろう?とも思うのだが、自分にとっては大きな「事件」だったので、書かずにはいられないのである。ヨンフォアとも直接関係ないんだけど、それも気にしない。でもせっかくだからフォアと関連付けた写真から始めよう。



写真は以前の記事にもupした、大好きなラーメン屋・上越の「ニューハルピン」の前で、娘とともに記念撮影したもの。

ニューハルピンといえば、このブログでもこれまで何度か書いてきた、お気に入りのショートツーリングの定番コースの目的地である。長野市から黒姫〜妙高を越えて上越まで1時間くらい走り、老舗・ニューハルピンで美味いラーメンを頂いてから約5分の距離にある砂浜でコーヒーを淹れ、ほっこりしてから走って帰って来る。

そのニューハルピンが、61年(!)の歴史に終止符を打ち、1月20日に閉店するというニュースが出たのは、1月の初旬のことだった。

店主のカサハラさんはCB1100Rに乗るライダーであり、同店は東本昌平の「RIDE」等で幾度となく取り上げられてきた、ある種のバイカーにとっては聖地のような店。自分が最初に行ったのはいつなんだろう。ネットか雑誌でその存在を知り、案外近所(?)だし好奇心から行ってみて、ハマった。

61年前から基本的に変わっていない枯れに枯れた内外観と、何と言ってもクラシカルでありながらもしっかりコクがあり美味い醤油豚骨(といってもいわゆる「家系」とは全然違う)なラーメンに惚れて、定期的に上越に通うことになった。



浜コーヒーも含めてショートツーリングとしてのまとまりの良さもあったけど、美味いラーメンに惹かれたのは大きい。バイク乗りの間で知られた聖地であるとか、いろんなバイクが置いてあったりして面白いとかもあるけど、二の次三の次。自分にとってラーメンがめっちゃ美味かったからニューハルピンにハマったのだ。美味さは正義、である。

その後、上越地方の大雪で建物がピンチになったり、コロナ中に色々あったのか(理由は知らないが…)目の前のパーキングが使えなくなり、車移動が基本である地元客が減少してしまったり、昨年正月の能登半島地震でも店舗に大きなダメージがあって、数ヶ月の休業となったり。災難続きの数年を経て、いよいよ建物の老朽化が限界になったとのことで、閉店を決意されたようだ。

61年前というと、つまり1963年(昭和38年)であり、カブはまだC100だったし、C72とかCB72が現役で、ヤマハはYDS-2あたりが最新モデルだった時代。そりゃ建物にガタがきても仕方がないだろう。ノンレスのCB72に61年乗り続けたようなもの…とは少し違うか。とにかくそんな長いあいだ愛された店が閉店するとなると、当然人が押し寄せて大混乱になるはず。

閉店前にできるだけ行きたい。あの店内であのラーメンを食べておきたい。
ってことで、まずは閉店の1週前、1月12日(日)に行ってみた。最高気温は3℃程度であり、バイクで行くのは断念。家族と共に車で向かう。



写真は途中で寄った妙高SA。スタッドレスを履いた車を選択した理由が解って貰える思う。
11時開店、12時前にお店に着くと60人程度の列が出来ている。閉店1週前の日曜だし、まあ混んでるよね。並んで並んで……ラーメンを食べたのは14時半だったが、取り敢えず満足! この時は余裕がなく、写真は全然撮れなかった。

そして1週後の1月18日(土)、閉店の3日前に諦めきれずにもう一度行ってみたところ……11時開店の30分以上前に到着したもかかわらず、お店の前には50人程度の行列が!



写真だと解りにくいけど、玄関から右方向に伸びた行列が右側の画面外側で折り返し、左に向かって伸びている状態。慌てて並んだあとからどんどん客がやって来て、



11時半すぎには道の向かい側にまで伸びて、おそらく100人近くの行列になっていた。先週の感覚からすると、最後の方の人が食べれるのって、4時間後とかでは?!
 
しかしめちゃくちゃ人気があるな! きっと沢山の人お想い出の店なんだろう。家族連れや妙齢のカップル、オッサン、高校生らしき集団、70代と思しき女性の一人客などなど、並んでいる人々は多彩な顔ぶれだった。

去年の秋に行った時はめっちゃ空いてて心配になったくらいなのに! 押し寄せておられる上越市民のみなさんが普段からガンガン行っておいてくれたら少し違う展開もあったかもしれないのに……などと思ったりしたが、まあ何ごともそういうモノだよね。

待って待って約2時間……13時すぎに店内に入る。



内観はこんな感じ。注文したラーメン以外は撮影禁止で、今まではしっかりそれを守ってきたんだけど、最後の記念にスマホでささっと撮らせてもらいました。(歪んでいるのはご愛敬)



待つことしばし。いよいよ最後のラーメンが登場。醤油と豚骨の香りが揮発する……堪らない。そしてこちらがタンメン



これもめっちゃ良いんだよな……。お店の看板には「餃子」「湯麺」とあり、かつてはタンメンが看板メニューだったのだろうか。
それと、たまねぎラーメン



……が着丼。玉ねぎラーメンは、ちょっと他にない味。もちろん刻みたまねぎが載っているだけではなく、スープに玉ねぎが使われている。甘みとコクがあって、これも最高なんだよな。

ほかにもう一品、ラーメンのバリエーションである「チョースケ」を注文、家族4人であっという間に平らげた。 家族で来ると色んな味が楽しめて良いのである。



これでこのお店ともお別れか。悲しすぎる。

……と思ったんだけど、最終日の1月20日(月)もたまたま仕事が入っていなかったので、一人でアンコール的に行ってみた。どんだけニューハルピンのラーメンが好きなんだよ!と自分で突っ込んだりしたが、まあめっちゃ好きだし、ラッキーなことにたまたま仕事に余裕があるんだから、何度行ったっていいよな。正直に書くと最後の日に行っておきたい、といったセンチメンタルな気持ちもあった。



最終日は前日から導入されたという整理券制になってた。最後の最後に行列管理が効率化したようだ。12時頃にもらって、1時間40分待ちである。
少し時間があるので、いつもの浜に向かい、持ってきたパソコンで車内事務仕事などやってみる。海は荒れ模様で雨もポツポツ、コーヒーセットを積んではきたが、野点は無理だった。



あっという間に90分。どうせならもう少し遅く行って、最後の客を目指せばよかったか?
ラストはシンプルにラーメンと餃子にする。



食べながらスマホで地元新聞社の関連記事を見ていると、「新天地での営業再開」を考えていることが書かれていた。え?! そうか終わらないのか。本当によかった!

新天地ってどこだろう。変わらず上越だったらいいな。このクラシカルでノンレストアな店舗がなくなってしまうのは残念だが。しかし、カサハラさんが作るラーメンが今後も食べられるのは本当に嬉しい。フォアで訪問するのが楽しみだ。

歴史ある店舗での最後の一杯を堪能しつつ、これまでのこととこれからのことにぼーっと想いを馳せたのでありました。



さよなら、おつかれさま、ありがとうございました。

カワサキW1S-A:さよなら、ダブワン(3)〜バイク陸送サービスについて



落札のあと、仕事の合間を縫ってラストランに出かけた。10月中旬の曇った日で、最高気温は12℃程度。山に行くには少し寒いが、黒姫方向〜飯綱高原あたりをぐるっと一回りするコースを選択。

途中にある「カフェ・ハングリーキャタピラー」で暖を取る。安売りをしなくても充分にお客は来ると思うが、何かあったのかな? バイクを眺めつつコーヒーを頂き、また出発。

整備さえ上手くいっていればキックでのスタートは全然大変ではない。見かけより軽快で、取り回しは良好。エンジンの振動は荒々しく、いかにも大排気量バイクといったフィーリング。しかし同時代の外車よりは断然整備性が良く、頑丈で安定している。どの時代にも根強いファンがいるのもうなずけるし、そのおかげで整備のノウハウが広く共有されていたり、いまなおリプロ部品が豊富に供給されていたりする。構造のシンプルさと相まって、古き良き味わいを持つバイクの中では維持しやすいのも素晴らしい。

自分にとっては、ヨンフォアとは全く違った味わいなのもとても良かった。豚肉と牛肉くらい、林檎と蜜柑くらい、ある意味2ストと4スト以上に、ジャズとロックくらいに……って、例えになってないか。作られた年代は5年ほどしか違わないのに全てが違っていて、飽きが来ない組み合わせなんだと思う。

心地良い排気音を聴きながらアクセルをひねり、これが最後かと思うと全てが愛おしく感じる。本当に手放していいんだろうか……しかし、数年間考えた末に決めたことだ。これまで何度も踏みとどまってきたわけだし、これ以上考えても仕方がない。

乗れる時間が極端に減っていて、他にやらねばならない事が山積みになっている自分だと、この先間違い無く不調になり、ゆくゆくは朽ち果てさせてしまう。維持できないバイクを自分のキャパを越えてを所有し続けるのは主義に反する。しかし…… 文字にするとシンプルだが、心中には複雑な想いが渦巻いていて、運転しながら何度も堂々巡りしてしまった。

帰宅して所定の位置に駐車。そしてナンバーをはずし、書類と共に発送準備をする。スペアとして持っていたブレーキとメーターの新品ケーブルもオマケとして同封した。
ナンバーが付いていないダブワンは、もう半分くらい自分との縁が消えてしまったように見え、何とも寂しい気持ちになる。



さて、某オクを利用したバイクの売買の進行についてもう一度整理すると

①落札され買い手が決まる→②諸連絡・相互確認→③入金/確認→④ナンバーと車検証等を送る→⑤売り手が陸送/買い手は名義変更を行う→⑥到着・受け取り連絡 

互いが安全を確認しつつ、こういった順番で事態は進むわけだ。場合によっては名義変更を確認してから陸送手配をしないと、いつまでたっても旧名義のままで乗り回され、税金の請求や事故の連絡が売主にきてしまう……なんてこともあるらしい。

今回は時期オーナーがしっかり信頼できる人だと判断したため、そこまで念入りにやらなかった。この時点で④までクリアしていたので、次は発送する手段を選ばなければならない。

ざっと調べるとバイクの陸送は現状で5〜6の専用サービスがあって、それぞれ料金も所要日数もけっこう異なっている。地方都市から地方都市に送る場合、有名なBASを含めほとんどはピックアップ〜到着まで2週間以上の時間がかかると書かれていることが多い。都市部に集積してから地方に振り分けるから、どうしてもそうなってしまうんだろう。

高い金額を送金してもらい、名義変更までしてもらってあるのに、本体の到着が2週間先になるのは何だか申し訳ないし、こちらとしても取引終了が長くなる=気にしている時間が長くなるように思えるので、できたらもっと迅速に届けたいところ。

時間もないので各社に電話をして細かく問い合わせをしまくった結果(2024年秋現在、全て電話による見積もりOKだった)、I-LINEという会社のみ1週間程度で配達可能かもしれないとの返事であった。このあと(水曜だった)なる早で申し込めば、日曜に自宅近くでピックアップ、火曜には四国の次期オーナーの指定場所に届けられるだろう、とのこと。

たまたま長野から四国行きの便があっただけかもしれないが、これなら充分許容範囲内と考えてすぐに申し込み手続きを済ませる。料金も3万円以下で、高めの設定の会社よりも1〜2万円近く安い(着払いも可能)。



バイクがピックアップされるまでの間、毎日のように次期オーナーから質問がきた。エンジンオイルについて、始動法について、バッテリー充電について……などなど、全てダブワンの維持に関する話で、やり取りをしていて嬉しくなってきた。この人ならちゃんと大切に、楽しんでこのバイクと向き合ってくれるだろう。嬉しくなって車載工具やトリクル充電器など、ダブワンがなくなったら不要になるものを追加で差し上げることにして、別便で送ったりした。

日曜になり、朝9時頃にI-LINEのドライバーから電話あり。20分後にはバイク輸送用にカスタムされたトラックが到着。あっというまに荷台に載せらて(あっという間すぎて写真に残すのを忘れていた…)、自宅から去っていくダブワンを、家族4人で見送ったのだった。

2日後の火曜、四国の次期オーナー氏から無事受け取ったとの連絡。「バイクは絶好調ですよ!」の言葉をもらい一安心した。まさに肩の荷が降りた気分。
で、その後もダブワンのあれこれについて連絡を取り合っている。16年間連れ添ってきたバイクを、理想的な形で次のオーナーに引き継いでもらうことができて、自分はとても幸運だった。



在りし日(といっても1ヶ月ほど前)の自宅前。いつかきっと、この風景をとても懐かしく思い出す時が来るんだろうな。



さらにもう一枚。数年前、長野県内の某廃校で撮影。一時期、ダブワンで県内の廃校をいくつもまわった。古い建物がよく似合うバイクだったな……。

カワサキW1S-A:さよなら、ダブワン(2)〜相手が決まる



自宅玄関から見た風景。16年以上付き合ったダブワンは、いまはもうこの場所には存在しない。手放すに至った心境や状況などは前回に書いたとおり。

せっかくなのでどうやって手放したのか、その方法をざっと書いておこうと思う。

愛着があるバイクを手放すわけだから、できたらちゃんとW1が好きな人に渡ってほしい。理想としては自分と同じように、ある程度の愛情を持ってバイクを維持してくれる人だと嬉しい。……そんな人が身近にいればいいのだけど、残念ながらそういった縁はなかった。


であるならば、W1SAというバイクの立ち位置(?)と地方都市在住という地理的条件から、ネットを利用した個人売買にしようと、前からぼんやり考えていた。こういった場合、某オクとメル○リが有名で、どちらにしようかかなり迷ったが……とりあえず両方を利用してみた。



撮っておいた写真を掲載して、状態を丁寧に記す。値付けはとても迷ったが、安くしすぎると「ある程度の愛情を持ってバイクを維持してくれる人」に出会いにくくなる気がして、それなりにしっかりした金額にしておいた。

掲載すると、さっそく質問がいくつもやってくる。さらっと「直接取引できないか」といった話をする人が多い。なんなら電話番号やメールアドレスが記入されたものも少なくない。下見をして気に入ったらその場で現金で買いたい、みたいな提案さえあった。

当然どれも規約違反だよね。下手に返事して運営に見つかったら、こっちのアカウントを停止される危険がある。手数料を回避して安く上げたいということか、値引き交渉がしたいのか??よくわからない。このあたり、ひょっとしたらこういった売買に慣れている人は、裏技的に色々やっているのかもしれないが、しっかりした相手に買って欲しい=正攻法で行きたかったから、全てお断りさせて頂いた。

下見は歓迎だし見て納得してもらった方が安心なのだが、仕事が忙しい時期だったこともあり、オークション期間内に設定するのは難しかった。ただ、試乗と言ってそのまま乗って逃げる(!!)ケースがあるとか、自宅付近でやると置き場所を特定されて危険だとか、下調べ中に怖い話をいくつも見かけたから、やることになったらきっと大変だったと思う。



※ちなみに上下数点の写真は出品用に割と真面目に撮ったもの。

どんどん伸びる閲覧数は圧倒的に某オクの方が多く、最終的には3倍近い数字になっていた。メル○リも普及したと思っていたが……このジャンルでは某オクの方が利用されているみたい。そして治安的にもメル○リの方が悪い(変なリクエストが多かった)感じがした。

ところで、自分は某オク終了まで重大な勘違いをしていた。それはシステム利用料、手数料についてだ。某オクは10%+特定カテゴリー用の出品+落札手数料がけっこうかかる、メル○リは一律10%……と思い込んでいて、どっちかというとメル○リで売れてくれた方が良いように思っていたのだが。

これは勘違いで、売買が成立した某オクの手数料は、たったの1980円(!)だった。普段から不要になったものを某オクやメル○リで手放しており、10%の手数料に痛い思いをしている自分としては、それなりに高額な取引をして、手数料が2000円以下のみという事実にとても驚いた。何故こんな大盤振る舞いなシステムになっているのだろう?? 比率でいうと売上の1%よりずっと下なんだけど…。理由はよくわからないが、売る側としてはとても助かる。



質問ばかりでなかなか入札のなかったダブワンの出品だが、最終日の終了間際に動きがあり、1回目の出品で入札数1で落札されることとなった。

落札者の取引履歴を見ると「悪い」が全然なくて一安心。さて、どんな人なんだろう……。いくつかのやり取りの後、電話で直接話すことになった。相手側も不安に思っていたようで、電話するのは全然OKだった。

こちらの事情やダブワンの現状を話しつつ、相手側の話も聞いてみる。
四国在住で昔はハーレーに乗っていたが、年齢が上がってダブワンが好きになり、いまもW1SAに乗っている。所有しているSAもそれなりに乗れているが、完調のものに乗りたくて、今回購入することにした……といった感じだった。

お互い緊張気味だが、スマホ越しに相手が変な(?)人じゃないのが伝わってくる。四輪でも旧車好き=旧車の何たるかは理解しているとのこと。オークションでの売買経験もあるそうだ。

……これは……自分が思い描いたとおりの相手ではないか?? 良さそうな巡り合わせに感謝しつつ、取引を進めることになった。

電話の翌日、すぐに入金があった。こちらも急いで車検証、自賠責保険、譲渡証、はずしたナンバープレートなんかを宅急便で送る。行き先は四国! さあ、次は陸送業者を決めなければならない。



(つづく)

※今回で終えるつもりだったけど時間切れ……長くなったので続きます。
明日あたりに書いてupします。

カワサキW1S-A:さよなら、ダブワン(1)〜別れの準備

ついにこの日がやってきた。
2008年から乗ってきたダブワン(W1S-A)ともお別れ。ここ数年、モヤモヤと考えてきたことを、いよいよ行動に移すことにした。



ダブワンに乗り始めた経緯は以前の記事に書いた。ヨンフォアに乗り始めたのと同じ年の夏、2008年のことだ。それからずっと大型バイク二台(と原付数台、マイカーは無し)体制で暮らしてきて、諸事情あって数年前から車に乗り始めた。

すると当たり前のように、バイクに乗る機会がぐっと減った。それまで自分にとってバイクは全くもって実用的な移動の手段であり、営業車に近い使い方(その割に旧車しか持っていなかったので、W1で仕事現場に行ったことも数知れず…)さえしてきた。しかし、車という便利な道具を導入すると、実用部分が急速に抜け落ちてしまい、バイクは概ね趣味の乗り物へと変化したのだった。

こういうことは20代とか30代前半に経験する人が多いんだろうけど、自分には人生の後半(?)にがっつり入りきった今、「その時」がやってきたんだな。

仕事に忙殺され、家庭のあれこれに追われていると、数ヶ月乗れないことが普通になっていく。バイクに全くさわれない生活が半年間続いたこともあった。

そんな中で旧車の2台持ちは辛い。旧車ってやつは乗らないでいるとあっという間にあちこちが劣化し、不調が出始める。このままのペースでさらに乗る回数が減っていき、そのうえそれが2台に分散するのはとても危険だ。いっそ割り切って乗らないことにして、飾っておくだけとか寝かしておくだけというのは性に合わないし、朽ちていく愛車を見るのは自分には耐えられないだろう。

そして、家庭の事情的に乗らないバイクにスペースを割く余裕がないのも事実だ。いま小学生である子どもが成長すると、自転車などに必要なスペースがどう考えても足りない…というか現在でも足りずにあふれてしまっている。

今のライフスタイルだと、どちらかのバイクを手放した方がいいのは明らかに思える。
自分にとって、ヨンフォアを手放すのはあり得ない……とすると、家庭的にも自宅に駐車しているダブワンが該当…ということになる。

幸い、乗る回数が減ってきたとはいえ何とか好調を維持できていて(むしろヨンフォアよりもダブワンの方が好調)、車検もキッチリと通しているわけだから(残り約1年!)、誰かに引き継いでもらうならダラダラと引き延ばさない方が自分にとってもバイクにとっても良いだろう。

似たことを前回の車検の前にも思ったのだが、手放す寂しさが勝ってしまい踏み出せないでずっとモヤモヤと暮らしてきた。ほか、(ここには書けない)諸事情から考えても、決断するなら今しかないだろう……と自分に言い聞かせた。やれることは心身が元気なうちにやっておくべきだ。



ダブワンを手放す準備を進めるなかで、意外だったこと。
「このまま好調を維持するのは難しい」「子どもたちのためのスペースが足りなすぎる」「やむを得ずダブワンは手放します」といったことを妻子(子どもは小学生)に告げたところ、帰ってきたのは揃って「え! あのバイク好きなのに! 寂しいよ。売らないで!」って言葉だったのだ。

てっきり「これで余裕を持って自転車が置けるね」「維持費が減っていいね」なんてことを言われると思っていたら、まさか「売らないで」「寂しいよ」だなんて……。なんだか報われた?(何が??)ような気がしたと同時に、理解がある家族でよかったと心底思いましたよ。

とはいえ「だよね! 売るのはやめて残しておくか!」なんてわけにはいかない。微妙な気持ちで、なぜ手放したくないけど手放すのか、なぜいま手放した方が良いのかを丁寧に説明した。



……10月初旬のある日、少し磨いてからエンジンをかけ、カメラを背負って走り出した。販売用の写真を撮るためだ。手入れが行き届いた旧車を手放す場合、ショップに売るよりは個人売買サイトを利用した方がいいだろうと以前から思っていた。個人売買において販売用の写真はとても大切。

5分ほど走って、撮影に丁度よさそうな場所を発見。近所の美術館のパーキングで、壁も床面も綺麗、その時の光はいたってフラット、引きで撮るスペースも充分ある状況。本業(カメラマン)で養った眼があるので、テキトーに走っているだけで何となくそういう場所に辿り着けるのである。



目的上、ドラマチックになりすぎず、客観的でありつつもちゃんと魅力的な写真にしたい。
真横左右、前、後ろ、斜め、各部のアップ……と撮り進めていく。

撮りながら、このバイクと過ごした16年間のこと、共に行ったあちこちのこと、奥さんや子どもと何度もタンデムしたこと、整備してくださった「先生」のことを思い出す。

うーん……何とも感慨深く、まったく寂しく悲しい。夕暮れが迫る中、仕事用の一眼レフと90mmのシフトレンズを使って黙々と写真を撮り進めたのだった。
好きなバイクを手放すって、本当に辛いですね。

 

(一応つづく)

CB400F・長野へ帰還(2)



「アイドリングは70℃で合わせたから、温度が低いと安定せえへんかも」などと言いつつ、アクセルを吹かしつつタコメーターを見るPeKeさん。「リアサス、ヘタってるというか抜けてきてますわ。まあ大人しく走るならこのままでもええけど、交換時期かも」「マジですか……純正風外見のリアサス、いま見あたらないんですよね……」

などなど、ざっと30分弱話して、11年ぶり二度目のオーバーホール(前回はエンジン全体、今回は腰上)が終わった。記念に写真を1枚。



きっとPeKeさんは何も覚えていないと思うが(笑)、最初に連絡したのは「カスタムパラノイア」の開店前だった。2008年にアゲインさんでフォアを買って乗り始め、ネット上で情報を集めまくっている中で気になったのがシオハウスさんとPeKeさんのブログだった。

関東のどこかで催されたヨンフォアミーティングにはるばる参加したとき、そこに来られていた(どういう形で参加されていたのか忘れたが、現場に行けば会えるのを知っていて狙っていたはず。この時もカスタムパラノイアはまだ無かった)PeKeさんに「ブログを読んでる者です」なんて話かけたところ、色々な質問に答えて頂き「バイク屋はやってないけど気になるところがあるなら見るよ」的なことを言ってもらったのが始まりだった。

そういえばPeKeさんと話した後、閉会時間付近にシオハウスの塩畑さんに「カムチェーンの音を聴いてほしい」とお願いしたところ、たまたまそこにアゲインの松永社長が通りかかって、二人してささっと調整して頂いた……なんて珍しいシーンもあったな。

そしてその数年後の2013年、カスタムパラノイアさんで1度目のエンジンのフルオーバーホールを受けたのだった。この流れでいくと次のオーバーホールは2035年あたりということになる。自分が無事にフォアを維持して、PeKeさんも元気でいてもらえたらいいですね。というか元気でいてもらわないと困ります! ……そんな話をしてお別れし、12時頃に長野へ向けて出発したのだった。



走り出す。何だかエンジン音が違う。
音が太い? 吸排気は何も変わっていないはずだけど。あと、回転が上がるにつれて素直にパワーが上がっていく。調和がとれていて素直に力が出る感じ。1気筒おかしかったのが元に戻った結果だろう。

写真はどこだったか忘れた……まだまだ大阪に近いSAにて。11月にしては気温が高く、走っていても暑いくらい。ピストンを全交換したんだから、あまり無理な走りは控えるようにした。



何度も休みつつ、ゆっくり帰る。



黒丸SA。お腹が減ったが明るいうちに先に進んでおくためにおあずけ。
連休最終日だったが、渋滞無しで名古屋を抜ける。ナビ無しなので長野道に入るまではちょっと緊張気味に運転した。




ずーーっと走って、阿智SAで休憩。長野県の最南端あたりだ。気温は下がってきたが登り坂が続き、油温は高め。坂道のせいもあり106℃〜108℃くらいまで上がっている。うーん、ちょっと高いような……どうなんだろう。以前はオイルクーラー無しだとこれくらいだったが、装着してから10℃弱は下がっていたのだが。オイルクーラーを触ってみたら、当然ながら熱くなってて、機能はしているようだ。


やっと松本市付近の梓川SAに到着。自宅まであと約1時間。気温は15℃くらいで、厚着しているためギリギリ寒くはない。気温が下がった分、勾配がきつくなっていく感じで油温は下がらず。走行中はやはり107℃あたりをウロウロ。オイルポンプとオイルクーラーのせいか、下りになると一気に7〜8℃下がって100℃前後になり、登りが続くと107℃前後になる。これが普通なのか……どうなんだろう?? 
これまでの感覚からすると高い気がする(←リンクの記事は8月なので、今より15度ほど暑いはずだ)。組んだばかりでクリアランスが低く、摩擦が多いとかあるんだろうか。



それはさておき、やはりというか高速域(といっても60km以上くらい?)の加速や吹けの良さは、ここ数年はなかった感触だ。そして油温が高めであっても、ブローバイガスは明らかにOH前よりも減っている。悩んでいた不調から脱却できた感触があって嬉しい。


アイドリングはなかなか安定してくれない。もう少し自分で調整した方がよさそうだ。近くに住んでいれば翌週にでもさっとPeKeさんのところに行けばいいが、長野と大阪ではそうもいかない。まあ標高も違うし、そのくらいは今までも自分でやってきたので問題はないか。

休憩したあと走り出し、家に着くと19時過ぎだった。休みつつゆっくりで約7時間。出張からの続きだったし、さすがに疲れた……。

CB400F・長野へ帰還(1)

というわけで! 腰上のOH他が済んだ我が家のフォアを、大阪・枚方のカスタムパラノイアさんに引き取りに行ってきた。たまたま都合良く11月上旬に関西で仕事が入ったので、一泊延ばしてその帰りに乗ってくることにした。



実家がある奈良から近鉄京都線で丹波橋へ。京阪に乗り換えるタイミングで写真を一枚。前日まで台風だか低気圧だかのせいで荒天だったが、この日は噓のように晴れてくれた。大阪の最高気温は23.5℃の予報で、厚着のためか少し暑いくらいだった。

某駅までPeKeさんの奥さんに迎えに来て頂き、10分ほど車に揺られたあとにカスタムパラノイアに到着。



オーナー募集中だそうです!
中にはバイクがぎっしり。もちろんヨンフォアが多いが、ちょこちょこと他車種も混じっている。



550four、750fourのほか、Z1?2?や懐かしのRGガンマなんかが目に入る。これは整備スペースを作るのが大変そう……

しばらくして奥でエンジンをばらして計測?をしているPeKeさんが登場、今回の修理について話を聞く。

エンジン腰上オーバーホール全般と、3番シリンダーというかピストンに異常(棚落ち)があったため、ピストンの交換(全て)と3番についてはスリーブの打ち替えが行われた。2013年のOH時にBRC製の0.5mmオーバーサイズピストンを使ったが、今回使用するカスタムパラノイア製の0.5mmOSピストンの方が微妙に大きいため、ラッキーなことに0.5mm→0.5mmへの交換で済んだとのこと。

ほか、今回はキャブレターとフロントフォークのOH(フロントフォークは2008年にAGAINさんでこのフォアが組まれて以降初めて)もやってもらった。キャブや腰上(のうち棚落ちしたピストン以外の部分)はそれなりに状態がよかったようで一安心。



話しつつフォアを引き出すPeKeさん。調子(フォアではなくPeKeさんの)は悪くなさそうでよかった。



エンジンを吹かして調子をみて、アイドリングを合わせているの図。なんだかエンジン音が違う……太くなってるような?? 

・・


長くなってきた & 時間切れで一度切ります!
明日あたりに続きupします。